俺も目指した甲子園!
今テレビでは、全国から勝ち上がったチームが熱戦を繰り広げている。
48年前の事を今でもこの季節になると思い出す。
あ〜甲子園に高校生として行きたかったなぁ〜今でも悔いが残っているし、何かやり残してきたような感覚がある。
高校一年、何もかも新鮮で心が躍る。
寮生活、硬式野球、硬式グラブ、金属バット、いろんなことが初体験なのだ。
まず寮生活に感じたことは、なぜ先輩の顔には眉間にシワがあり強面なのだろう?
いつも不機嫌そうで怖かったイメージしかない。
部屋に帰るのが遅れた時などは、私の布団が廊下に散乱していることなどは当たり前にあった。
また一年生が弛んでるといっては正座をさせられる。
初めは受けいれる事は難しく、理不尽さに悩んだが、いつの間にかそれが普通になっている自分がいた。(笑)
慣れ、というのは怖いものだ。
硬球を使った野球にグラブ。
ずっしり重くグラブで取った感触もめちゃいい感じだが、芯を外して取ると手が腫れるほどの痛みがある。
私が入学して金属バットが解禁になったが、木のバットが多く残っているため、練習は木のバットか竹バットを
使用していた。
バッティング練習も、芯を外して打つと手が腫れるほどの痛みと、腫れによってボールを取ったり投げることが困難に
なる時があった。
硬式野球は、芯が何においても大切、という事を学んだ。
それからの練習では、取る、打つ、全てにおいて芯を意識して練習したものだ。
毎日の練習も厳しかった。
日の高いうちはボールを使っての練習が続くが、日が落ちてから地獄が始まる。
ランニング、ベースランニング、山登り、なんでこんな所に山があるんや?
と、とんでもない言いががり(笑)
15時30分ぐらいから始まった練習は、21時頃に終了する。
その間、水分はほとんど摂ることはなかった。(汗)
理不尽なうえに厳しい練習、でもその先に夢の甲子園が待ってると信じて疑わなかった。
しかし、予選の2回戦、夢は無惨にも散った、全身の力が抜けていく、緊張感の崩壊、また仲間へのお別れ、
このメンバーで試合をすることは一生ないだろう、走馬灯のように3年間が思い出される。
高校時代のチーム成績は、県大会2回の優勝、夏の大会は、2回戦、ベスト8、2回戦、と夢の舞台には遠すぎる結果だった。
急に時間が出来る、束縛がなくなると心にポッカリと大きな穴が、、、!
球友が話を持ちかける、俺の実家に遊びにこい、その球友は山口県にある大島という所から来ていた。
4、5人で遊びに行ったのだが、どうやって遊んでいいのかわからない始末。
結局、テレビの前で甲子園大会を見ながらくだらない話をしていた。
みんな野球から急には離れ慣れないし、本当に好きなんだなと感じながら、みんなで甲子園に行きたかったなという思いが
再び沸き起こった。
そんな私の高校生活だった。
なんせ48年も前の事なので、懐かしく、いまだに悔しさを噛み締めながら書いている自分を笑ってしまう。
県予選を勝ち抜き甲子園に辿り着いたチームには、心よりおめでとうだよ。
またその舞台で優勝する、春夏連覇するチームは神の領域に踏込んだか?と思つてしまうくらい尊敬する。
その裏で、負けて悔しく思ってるチームもたくさんある。
甲子園に出場した選手達は、甲子園球児と呼ばれる。
その球児たちは、どんな思いを持って戦っているのだろうか?
目の前のことでいっぱいなのは当然だし、集中しなければいけないが、少しでいい、ふとした時でいいから
負けて散って夢破れた仲間達の事を思い出して戦ってほしい。
なぜなら、野球というスポーツは、思いやりがないと絶対に上手くならないスポーツだからだ。